「ファイルを送ったので、今日の分、入力しておいてください」
「すみません、さっきの件、まだでしょうか」
「期日、今日までなんですが……」
こういうやり取りを、毎日のように繰り返していないでしょうか。
メンバーに入力をお願いする。集まらないので、もう一度お願いする。それでも揃わないので、個別に声をかける。お願いしている側も、なんだか気まずい。お願いされている側も、急かされているようで、少し落ち着かない。
この「催促」という小さな仕事、毎日積み重なると、けっこう消耗します。そして実は、ツールの作り方をほんの少し変えるだけで、この催促そのものが要らなくなることがあるんです。今日は、そんな話をしてみたいと思います。
集中は、一度切れると戻ってこない
例えば、何かの作業に集中しているときにひとつ通知が来たとします。「ああ、あれ入力しなきゃ」と思って手を止め、別のアプリを開き、ログインして、目的の画面を探して、入力して、また元の作業に戻る。
このとき、私たちは「数分」を失ったつもりでいます。でも、実際に失っているのは、もっと長かったのかもしれません。
カリフォルニア大学アーバイン校のグロリア・マークという研究者の調査では、一度中断されたあと、元の作業に同じ集中度で戻るまで、平均で23分ほどかかると言われています(この数字の出どころには諸説あるので、あくまで目安として)。「ちょっと入力しただけ」のつもりが、その前後で集中の糸が切れ、再び結び直すのに思いのほか時間がかかる、というわけです。
この「別の場所に行って、戻ってくる」往復(切り替え)のことを、使いやすさを考えるUXの世界ではコンテキストスイッチ(文脈の切り替え)と呼びます。人の集中を一番削るのは、作業そのものよりも、この「行って戻る」の繰り返しだ、という考え方です。

つまり、メンバーが入力をしてくれないのは、やる気の問題というより、「わざわざアプリを開いて、戻ってくる」のが地味に重いから、という面があるのかもしれません。
「アプリを開かずに、データを更新できる?」
私がこの「アプリ切り替えの重さ」を強く意識したのは、まだマイクロソフトにいた頃、レドモンド本社で参加したセッションでのことでした。
そこで紹介されていたのは、Teamsのメッセージ上で、別アプリの入力フォームが届く仕組みでした。メッセージとして送られてきたカードに、その場で数字を打ち込んで、ボタンを押す。それだけ。
「え、アプリを開かずに、データを更新できるの?」
正直、衝撃でした。それまでなら、こうした入力は当たり前のように「別のシステムを開いて、ログインして、該当の画面を探して……」という往復が必要だったからです。あの往復が、まるごと消えていたんです。
人を、アプリに呼びつけない
このとき気づいたのは、便利な機能が一つ増えた、という話ではありませんでした。
これまでのツールは、どこか「人をアプリに呼びつける」前提でできていました。何かをしてほしいときは、「このアプリを開いて、この画面に来てください」とお願いする。人のほうが、ツールのある場所まで出向く必要がありました。
ところが、カードの中で入力が完結する仕組みは、入力フォームが人がいる場所までやってくる。人をアプリに呼びつけるのではなく、人がいるTeamsチャットやメールの中に、入力フォームをそっと置きに行く。

たったこれだけのことなんですが、使う人にとっては、さっきの「往復」がまるごと無くなる。集中の糸を切らずに、ひと仕事終えられる。
しかも、この仕組みのいいところは、新しいツールが増えないことです。専用のアプリを別に入れて、メンバーに「これも覚えてください」とお願いする必要がない。すでに毎日開いているTeamsやメールの中に、必要なときだけ、必要なぶんの操作がそっと現れる。覚えるものも、開く画面も、最小限で済む。
「また新しいツール?」という小さな気疲れは、現場の本音だと思います。だからこそ、何かを「足す」のではなく、ひと手間を「減らす」この方向は、案外すんなり受け入れられるはずです。(このあたりは、先週のビジネスチャットが疲れる本当の理由でも別の角度から書きました)
名前は違っても、向かう先は同じ
ちなみに、この「カードの中で操作が完結する」仕組み、特定のツールだけのものではありません。
私が見たのはマイクロソフトの「アダプティブカード」と呼ばれるものでしたが、調べてみると、似た発想はあちこちにあります。チャットツールのSlackには「Block Kit」、グーグルのチャットには「Google Chat Cards」という、それぞれの仕組みがあります。名前も中身も違うのですが、目指していることは驚くほど似ています。人をアプリに呼びつけず、作業を人のいる場所に届ける。

しかも、どれも追加のライセンスなどを買い足さなくても、少しの開発で利用可能です。アダプティブカードはオープンに公開されている仕組みですし、SlackのBlock KitもGoogleのカードも、それぞれのサービスに最初から備わっている機能です。新しく何かを契約する必要はありません。
つまりこれは、どこか一社の便利機能というより、いま業界全体がゆっくり同じ方向に向かっている、大きな流れの一部なんですね。
(このあたり、技術的にもっと知りたい方は、「アダプティブカード」「Block Kit」あたりの言葉で調べてみると、いろいろ出てきます。私もそこまで深くは踏み込めないので、リンクだけ文末に置いておきます)
「催促」という仕事が、消える
さて、ここで最初の話に戻ります。
この仕組みが応用できると、何が変わるか。毎日メンバーに「入力しておいてね」とお願いして、集まらなければまた声をかけて……という、あの繰り返しを無くせるかもしれないのです。
「このフォームに、今日の分を入力して送ってください」というカードを一度届ける。受け取った人は、別のアプリを開くことも、どこかへ移動することもなく、その場で入力して送るだけ。催促する側は、もう毎日せっつかなくていい。
考えてみると、「催促」というのは、送る人にとっても、受ける人にとっても、小さな摩擦だったわけです。お願いするのは気まずいし、される側は急かされた感じがします。その摩擦が、毎日少しずつ、チームの空気を削っていた。
ツールの入り口をほんの少し変えるだけで、その摩擦が無くなる。ツールが変わり、毎日のやり方(プロセス)が変わると、結果として、チームの空気まで少しやわらかくなる。こういうテクノロジーの話をしても、行き着く先は、やっぱり人と人の関係の話なんだな、と思います。
ひとつの実例:AI電話受付「ハンナ」
実は私自身、この考え方をそのまま自分の会社で試しています。
SawaLeafの電話を受けてくれる、AI電話受付「ハンナ」です。ハンナが応対した通話のレポートを即時、こういうカード形式でTeamsに届けてくれます。

誰から、どんな要件で、コールバックが必要か。アプリを開きに行かなくても、その場でひととおり分かる。詳しく見たいときだけ、下の「会話内容を見る」ボタンを押します。
これも、業務システムを別に開いて確認する必要をなくす、という同じ発想です。入力ではなく出力の側ですが、「人をアプリに呼びつけない」という考え方は共通しています。
このハンナがどうやって出来上がっていったのか、来月、あらためて記事にしようと思っています。うまくいったところも、行き詰まったところも含めて。
次の一歩
ここまで読んで、「うちでもできないかな」と思った方もいるかもしれません。でも正直なところ、こういう仕組みは、思いついた人がそのまま作れる程、簡単ではないところもあります。
たとえば、毎日チームに入力をお願いしている立場の人。たぶん、自分で作る必要はありません。必要なのは、「これ、わざわざアプリを開かせずにできないかな?」と一度考えてみること。そして、その問いをシステムの担当者や、ツールに詳しい人、外部のパートナーに聞いてみることです。そのときも、「催促をなくしたい」と言うより、「みんなを別のアプリに行き来させずに済ませたい」と伝えたほうが、きっと話が早いです。
逆に、ツールを作ったり選んだりする立場の人にとっては、これはちょっとした振り返りの材料になるかもしれません。「せっかく導入したのに、使われない」。そんなとき、つい機能を足したくなるけれど、その前に一度立ち止まってみる。ユーザーをわざわざアプリ前まで呼びつけていないか。単純作業のために往復させていないか。覚えるものを、無駄に増やしていないか。使われない理由は、機能が足りないからではなく、手間が多いからなのかもしれません。
機能をどう足すか、ではなく、使う人のひと手間をどう減らすか。その小さな視点の置きかえが、案外、喜ばれ評価されるシステムになるのだと思います。
催促のような、誰の得にもならない小さな仕事が、少しずつ減っていく。その積み重ねを、DXと呼べるといいなと思います。
もっと知りたい方へ
本文で触れた「カードの仕組み」は、各社が公式に情報を公開しています。技術的な中身に踏み込みたい方は、入口としてどうぞ。
- Adaptive Cards(マイクロソフト) — 本文で触れた仕組み。ブラウザで試せるデザイナーやサンプルも公開されています
- Block Kit(Slack) — Slack版。その場で組み立てを試せるBuilderがあります
- Google Chat のカード(グーグル) — Google Chat版(Cards v2)の開発者向けドキュメント

