寿司職人がカウンターで包丁を握り、魚をさばいている所作

DXで失ってしまった、大切だったもの

投稿日:


「やっぱり、前のやり方の方が良かったな・・・」

——DXが進んだあとで、ふと、そう思ったことはありませんか。

紙の書類が消えて、ハンコがなくなって、朝礼がチャットに変わって、雑談がオンラインに移って。便利になったはずなのに、なぜか、「あの頃の方が良かった」と感じる瞬間がある。

あの肌触りが、良かったんだよな、と。

でも、口にしにくい。「いまさら昔のやり方には戻れないよ」と言われそうで、自分でも「単なる懐古主義かもしれない」と思ってしまう。だから、飲み込んでしまう。

でも——その感覚は、たぶん、間違っていないと思います。

あなたが「良かった」と感じていたものには、ちゃんと意味があった。そして、それが何だったのかは、言葉にできるはずなんです。

今日は、その正体を、一緒に考えてみたいと思います。

肌触りの正体

少し、別の角度から考えてみましょう。

お気に入りのお寿司屋さんを、ひとつ思い浮かべてみてください。カウンターの向こうで、目の前で握ってくれる、そう、あの店です。

その店が、ある日から「対面で握るのをやめます。ロボットとAIで温度も握り加減も完璧に再現するので、味としても、衛生としても、その方が優れています」と言ったとしたら——あなたは、もう一度その店に行きたいと思うでしょうか。

たぶん、行かないですよね。寿司は出てきます。たぶん質も、悪くないかもしれない。でも、「もう、あの店じゃなくてもいいかな」と思う。

なぜでしょう。

その店を選んで通っていた理由は、ネタの質だけではなかったからです。目の前で握ってくれる、職人さんとのやりとり。「今日のは、こういう感じで仕入れたんですよ」というストーリーのある会話。すっと差し出される、握ったばかりの一貫。——その一連の時間、所作そのものが、「あの店の肌触り」だったのです。

その肌触りは、効率の物差しでは測ることができません。「ネタの質」「衛生的」「価格」のような項目には現れない。だから、最適化のときに、真っ先に削られる候補になります。

でも、その削ろうとしていたものこそが、その店を「あの店」にしていたのです。

あなたの職場の、肌触り

これは、お寿司屋さんだけの話ではありません。

寿司屋の所作と職場のなんてことない時間が対応する図解

私たちの職場にも、効率の物差しでは測れない肌触りが、たくさん存在します。そして、それが何だったのかをよくよく見つめてみると、多くの場合、こんな風に言えるのではないでしょうか。

失われたのは、信頼関係を育てるための、なんてことない時間だった。

たとえば——朝、出社して交わす一言だったり、ミーティングのあと、なんとなく数人が残って、コーヒー飲みながら話した時間。商談から戻った先輩が、上司の机に寄って、「いやー、なかなか手強かったですよ」と話しかける、あの会話。仕事のあとに先輩と飲みに行って、ふと聞けたホンネの一言。

どれも、業務マニュアルには載っていません。「ここが大事だ」と、誰かが旗を立ててくれるわけでもない。でも、その積み重ねの中で、20代は先輩の経験と判断の仕方を学んでいたし、チーム全体に「あの人なら大丈夫」という安心が育っていた。

もっと言うと、これは社内だけの話ではありません。

お客様との関係も、同じ構造を持っています。商談のあとの軽い立ち話。一緒にお茶を飲みながら、本題から少し外れたところで聞ける本音。何度も顔を合わせる中で「この人になら頼める」と感じてもらえる、あの積み重ね。——寿司屋の板さんとお客の間にあったのと、本質的には同じものです。

これらは、コストの観点では「無駄」に見えます。だから、効率化のときに、真っ先に削られる候補になっていました。会議の前後の時間は短縮され、出張は減り、対面はオンラインに置き換わり、飲み会は消えた。

でも、それこそが、一番削ってはいけない部分だったのです。

——あなたが「前のやり方が良かったな」と感じていたのは、たぶん、こういった見えないコミュニケーションの中にあったのではないでしょうか。

取り戻すべきもの

すべてを、昔のやり方に戻せ、と言いたいわけではありません。

使えるテクノロジーは、どんどん使っていけばいい。AIに任せられるものは、どんどん任せていけばいい。

ただ、ひとつだけ、立ち止まって考えたいことがあります。

デジタル化で空いた時間は、いま、どこに使われているでしょうか。

多くの職場では、空いた時間に、また別の仕事が詰め込まれてしまいます。「効率化」のはずが、いつのまにか「高密度化」にすり替わっているのです。だから「効率化したのに、ちっとも楽にならない」と感じる。それどころか、用件だけのやりとりが残って、職場にはギスギスした空気だけが漂うようになる。

DXで空いた時間に別のタスクが詰め込まれ、効率化が高密度化にすり替わる構造図

でも、本当はそうじゃないはずなんです。

デジタル化で生まれた時間とは、削ってしまった「信頼を育てる時間」であったはずで、本来、別の形で使うべきものだったのではないでしょうか。

すべてを昔のままに戻すことはできません。でも、形を変えて補強することはできるはずです。

オンライン会議の最初の5分を、用件抜きの時間にしてみる。月に一度は対面で集まって、議題のない時間を作ってみる。お客様のところに、本題がなくても顔を出してみる。若手が先輩の打ち合わせに、同席して見ているだけの時間を作ってみる。

形は、職場によって違っていい。「あの職場で削られた、信頼を育てる時間」を、どこで何を使って補うか——それを考え、検討し直すことが、これからのDXに大切なことなのだと思います。

最後に、ひとつ。

あなたの職場で、効率化のために削られてしまった「信頼を育てる時間」は、なんでしたでしょうか。

そして——デジタル化で空いた時間を、それを取り戻すために、使えていますか。


関連ブログ

「取り戻すべきもの」を、業務プロセスの再設計から具体的に考えるための一本です。本記事の続きとして、隣に置ける記事になっています。

👉 やりたい仕事ができてますか? ― 時間の使い方から考える職場プロセスの再設計

URLをコピーしました

🧭 仕事の「やり方」を変える前に、一度「状況」を整理しませんか?

ツールを整えても拭えない違和感があるなら、それは職場文化の土壌を整えるタイミングかもしれません。今の歩みを重くしている「正体」を言葉にし、次の一歩を導き出す対話セッション Compass をご案内しています。