設計図と鉛筆——骨格を描く時間

ワークスロップとは何か — AIで時短したはずが、仕事が増えていく現象

最近、IT業界の知人たちと話していて、よく聞く言葉があります。

ワークスロップ(workslop)。英語で「仕事(work)」と「残飯・汚水(slop)」を組み合わせた造語で、スタンフォード大学とBetterUp Labsの研究者たちが2025年9月にハーバード・ビジネス・レビューで発表した新しい概念です。

定義はこうです。「優れた仕事のように見えるけれど、特定のタスクを意味のある形で前進させるための実質を欠いた、AIによって生成された仕事のコンテンツ」。

数字が衝撃的です。米国の知識労働者の40%が、過去1ヶ月のあいだにワークスロップを受け取った経験があると答えている。1件の処理に平均1時間56分。送り手はAIに頼んで5分で生成しているのに、受け手は2時間近くを費やしている。

MITの最近の報告では、AIへの投資から測定可能なリターンを得ている企業はわずか5%。残り95%が、AI導入のROIを得られていない。その大きな要因のひとつが、このワークスロップだと言われています。


私たちの身近なところで言うと

ワークスロップは職場の話ですが、私たちの身近なところでも、似た経験はあるのではないでしょうか。

例えば、AIで画像を作って遊んだことがある方。

最初は楽しい。プロンプトを変えるたびに、思いもよらない画像が出てくる。あれこれ試して、いくつか「いいかも」というものができあがる。

でも、しばらく経って見返すと、ふと思うんです。これ、何のために作ったんだっけ?

面白さはある。クオリティも、自分が手で描くよりずっと高い。けれど、誰かに見せても「ふーん」で終わってしまう。心に残らない。

何が足りなかったのか。振り返ると、最初に「何を伝えたいか」「どんなコンセプトで作るか」という骨格がないまま、AIの面白さに引っ張られて手を動かしていたことに気づきます。

骨格のないまま進んだ作業は、たとえ完成度が高くても、伝わらない。

これは、自分一人で楽しんでいる範囲なら笑い話で済みます。でも、同じことが職場で起きていたとしたら——


これは「AIの使い方」ではなく「マネジメントの失敗」

ワークスロップを生み出している人を、軽蔑したくなるかもしれません。「ろくに考えずにAIに丸投げしているのだろう」と。

研究チームははっきり言っています。これはマネジメントの失敗だと。

経営層から「AIを積極的に活用せよ」というトップダウンの号令が出る。でも、いつ・何に・どう使うかのガイドラインはない。現場は過負荷で疲れていて、「分からない」「助けてほしい」と言える心理的な余裕もない。

そして従業員には、こんなジレンマが生まれます。

使わなければ、時代遅れと見られる。使えば、手抜きと見られるかもしれない。

結果として、AIを使うこと自体が目的化していきます。思考停止のまま、AIの生成物を流す。これがワークスロップの温床です。

ツールが先に入って、現場が消化しきれていない。これはAIに限った話ではなく、私たちがDXの現場でずっと見てきた光景でもあります。

ただ、私はもう一段、根っこの問題があるように感じています。そもそも、上司と部下のあいだで、何を実現させるかを決める側の視点と、それを実現する側の視点の違いが、きちんと共有されてこなかったのではないか。 先輩について仕事を覚える機会が減り、指導のあり方も社会的に変わってきた中で、視点を伝え受け取る場が、いつの間にか少なくなっています。AIが入ってきた今、その不在が一気に表面化しているのかもしれません。


骨格のない仕事が、下流に流れていく

多くの仕事の現場に共通することですが、仕事には、ふたつの側面があります。何を実現させるかを決める側と、それを実現する側です。

決める側は、目的を考え、誰に何を伝えるかを定め、どう組み立てるかの骨格を描く役割です。なぜこの仕事をするのか、どんな形になれば成功と言えるのか。文脈と判断を持つ立場です。

実現する側は、その骨格に沿って、文章を書き、資料を整え、コードを書く役割です。スピードと精度が求められます。

このふたつは、別の人の仕事ではありません。同じ人の中に、両方あるものです。

多くの人は、最初は実現する側から仕事を覚え始めます。先輩や上司から指示をもらい、それを正確に形にする中で、徐々に「なぜこれをやるのか」「誰のためにやるのか」と、自分でも考え始める。経験の中で、決める側の視点が育っていきます。

決める側(目的・文脈・骨格)と、実現する側(スピード・精度・肉付け)。同じ人の中に同居する、ふたつの側面。

ところが、AIが入ってきた今、何が起きているか。

AIは、実現する側の仕事を一気に肩代わりし始めました。 文章を書く、資料を作る、コードを書く——これまで実現する側が担っていた肉付けの作業を、ものすごい速さでこなせるようになっている。

すると、私たちはどう振る舞うべきでしょうか。

本来であれば、AIに肉付けを任せられるようになったぶん、自分は決める側の視点に立つ必要があります。何を伝えたいのか、どんな骨格で組み立てるのか。AIに依頼する前に、それを自分の中で言語化する。

でも、現実に起きているのは、その逆です。まだ実現する側の感覚のまま、AIにすべてを丸投げしている。「資料を作って」「文章を整えて」とAIに頼む。AIは流暢な答えを返してくる。それをそのまま下流の同僚に流す。

骨格のないまま、AIで肉付けされた成果物。それがワークスロップの正体です。

ワークスロップが私たちに突きつけているのは、「言われたことを、ただ熟すだけの人」のままでは、立ち行かなくなる時代に入ったということ。AIが実現する側の仕事を担うようになった今、私たちに求められているのは、決める側の視点を持つことなのです。


ツールについたAIと、拡張脳としてのAI

ここで、ひとつの問いが浮かびます。

「いきなり決める側の視点を持て、と言われても難しい。どうすればいいのか?」

私は、AIには大きく2種類の使い方があると考えています。

ひとつは、ツールについたAI。資料作成ソフトに組み込まれたAI、メールクライアントの返信支援AI、コードエディタの補完AI。これらは、すでに骨格がある状態で、肉付けを依頼するときに力を発揮します。「この内容で資料を作って」「このメールに返信して」という依頼が前提にある使い方です。

もうひとつは、拡張脳としてのAI。チャット型のAIに、自分の考えを話しかけながら整理していく使い方。「こういう状況で、こう感じている。何が問題だと思う?」「この資料で、何を伝えるべきだろう?」と、対話の中で自分の骨格を作っていく。

ふたつの違いは、AIに何を任せているか、です。

ツールについたAIには、肉付けを任せている。
拡張脳としてのAIには、骨格を作るのを助けてもらっている。

決める側の視点をすでに持っている人は、ツールについたAIに直接依頼して問題ありません。何を伝えたいかが明確だから、肉付けだけ任せればいい。

でも、まだ自分の中で骨格が固まっていないとき、ツールについたAIに丸投げすると、ワークスロップが生まれます。AIは流暢な答えを返してくれますが、それは骨格のない肉付けです。

そういうときこそ、拡張脳としてのAIに相談しながら、まず自分の骨格を作るべきだと思っています。AIと対話しながら、自分が何を考えているのか、何を伝えたいのかを言語化していく。骨格ができたら、それからツールについたAIに肉付けを依頼する。

自分の骨格を作る → AIに肉付けを任せる

順番が大事なのです。逆にすると、ワークスロップが生まれます。

モヤモヤした思考 → 拡張脳AIとの対話で整理 → 骨格の完成 → ツールAIに肉付けを依頼。順番がすべて。

ワークスロップという言葉は、新しい概念です。けれど、その背後にあるのは、ずっと前からあった問いだと思います。

自分は今、言われたことをただ熟すだけでいるのか。それとも、何を実現させるかを決める側に立っているのか。

AIが当たり前になった今、この問いの重みが増しているのかもしれません。

AIをどう使うかの前に、まず自分が今どこに立っているのか。問い直す時間が、必要な気がしています。


関連ブログ

ワークスロップが組織全体で蔓延する背景には、もうひとつの構造があります。経営層と現場が、別の景色を見ているという問題です。私はこれを「色のズレ」と呼んでいます。

👉 DXが進まない職場の謎 —— 職場へのリスペクトの建て方


参考文献

  • Niederhoffer, K., Kellerman, G. R., Lee, A., Liebscher, A., Rapuano, K., & Hancock, J. T. “AI-Generated ‘Workslop’ Is Destroying Productivity.” Harvard Business Review, September 22, 2025 (Updated September 25, 2025). https://hbr.org/2025/09/ai-generated-workslop-is-destroying-productivity
  • BetterUp Labs & Stanford Social Media Lab 共同調査(2025年8月〜9月実施、米国デスクワーカー1,150人対象).
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