DXが進まない職場の謎 —— 職場へのリスペクトの建て方
DXがうまくいかない、という話をよく聞きます。
コラボツールを導入しても、情報共有が進まない。生成AIを契約したのに、誰も使っていない。研修もやった、マニュアルも配った。でも、現場の動きはほとんど変わらない。
なぜなのでしょうか。
ツールが悪いわけでも、現場のやる気が足りないわけでもない。ツールが乗っている職場の空気が、見えていない——そういう状態が、現場でしばしば起きているように感じます。
上司が何をする人か、分からなかった
私自身、長く企業の中で働いてきました。マイクロソフトに入ったばかりの頃、自分の働き方を振り返ると、上司の意見だけ聞いていれば良いと思っていた時期がありました。それは、それまでの職場で身についていた感覚です。
ところが、評価は個人の達成率で決まる。同時に、知の共有も求められる。そして、上司が何をする人なのか、自分でもよく理解できていなかった。
何かが噛み合わない感覚だけが残りました。
当時はその違和感に名前がありませんでした。後になって、ある本に出会って、ようやく分かった気がしたんです。
組織には「色」がある。そして、色によって、上司と部下の繋がり方が全然違う。
組織の色という、ものの見方
組織には、その組織なりの動き方の流儀があります。フレデリック・ラルー氏の『ティール組織』という本をベースに、私なりの解釈を加えて、5つの色で表現してみました。
レッド、アンバー、オレンジ、グリーン、ティール。
ざっくり言えば、
- レッド: 力のあるリーダーが率いる、即興的な組織
- アンバー: 役割と階層がしっかりした、規律で動く組織
- オレンジ: 成果と競争で評価される、達成志向の組織
- グリーン: 対話と多様性を大事にする、家族的な組織
- ティール: 自律したメンバーが目的に集まる、生命体のような組織

どれが良くて、どれが悪い、という話ではありません。それぞれの色に、それぞれが力を発揮する場面があるということです。例えば、災害対応の現場ではレッドのような即決力が必要ですし、研修の場面ではアンバーの型と秩序が安心感を生みます。グリーンの対話的な進め方では、研修はきっと成立しないでしょう。
そして、ほとんどの組織は、複数の色が混ざっています。アンバーの上に少しオレンジが乗っている、オレンジの中にグリーンの要素が芽生え始めている、というふうに。
色のズレが、現場に「歪み」を生む
色そのものに優劣はありません。ただ、ある色の組織に、別の色の道具を乗せると、現場で歪みが生まれることがあります。
分かりやすい例があります。郵政の民営化です。
それまでは、決められた手順を守ることが価値だった、アンバーの組織でした。ところが民営化を境に、いきなり成果と競争で評価される、オレンジの仕組みが乗りました。
何が起きたか。ノルマが降りてきて、自爆営業が生まれました。
これは、現場の人が悪いわけでも、制度設計が間違っていたわけでもありません。アンバーの土台に、オレンジの仕組みを乗せた途端、現場で歪みが現れた——そう捉えると、構造が見えてきます。
色が変われば、上司の振る舞いも変わります。アンバーの上司は手順を守らせる人、オレンジの上司は成果を引き出すコーチのような人。でも、現場が急に振る舞いを変えられるわけではない。上の意図と、下の体感が、運用の途中でズレていく。歪みは、こうして生まれるんです。
DXの「ツール導入」も、実は同じ構造を持っています。
成果と競争で動いているオレンジの組織に、対話を前提としたコラボレーションツールを入れる。情報を出すと、自分が損をする。だから誰も出さない。 ツールは中立なのに、土台がオレンジだと、コラボレーションのために作られた道具が機能しなくなるんです。
まだ見ぬ世界観の、解像度を上げる
色の話をするときに、ひとつ難しさがあります。レッドとアンバーは、誰もが一度は経験したことがあります。オレンジも、現代の多くの企業で当たり前です。
でも、グリーンとティールは、経験したことがない人にはイメージしづらいんです。
私もそうでした。本を読んでも、理想論のように感じてしまう時期がありました。チームに話しても、なかなか伝わりませんでした。
例えば、こんな表現だと、解像度が上がりませんでしょうか。
グリーンは、強い部活のような場所です。例えば、甲子園を目指す野球部。監督がビジョンを描き、選手たちは自分たちで考えて練習し、試合で力を発揮する。監督は指示を出す人ではなく、選手が育つ環境を整える人です。
ティールは、救命救急のチームのような場所です。スペシャリストたちが集まり、それぞれの専門性で動きます。誰かに指示されなくても、目の前の患者さんを救うために、自律的に動き、振り返り、次に備える。目的が、メンバーを繋いでいるんです。
経営者と現場が、別の景色を見ている
ここまで読み進めてくださった方は、もうお気づきかもしれません。色は、組織を分類するためのラベルではなく、人と人がどう繋がっているかを見るためのレンズとして使うとき、もっとも力を発揮します。
ラルー氏が描いた「組織の進化のかたち」を出発点に、私は会社全体ではなく、職場という単位で、上司と部下の繋がり方を捉える視点を独自に組み上げてきました。営業部、管理部、開発チーム——同じ会社の中でも、職場ごとに流れている空気は違います。そこに目を凝らすと、見えてくるものがあります。
例えば、こういうことです。
経営者は、自分の会社をグリーンだと思っている。でも、現場のメンバーは、オレンジだと感じている。
こういう職場が、たくさんあります。
経営者は本気で「うちは対話を大事にしている」「メンバーを信頼して任せている」と思っている。嘘をついているわけではありません。でも、現場のメンバーは「結局、数字でしか見られていない」「任されているというより、放置されている」と感じている。こちらも嘘をついていない。
両者は、同じ会社の中にいながら、別の景色を見ているんです。
そして、お互いに「相手が分かっていない」と感じている。
これが、DXが進まない職場の謎の正体です。ツールの問題でも、やる気の問題でもない。経営層と現場が、違う色の世界で生きていて、その色のズレに、誰も名前をつけていなかった。
もし、ここまで読んで「うちのことかもしれない」と感じられたなら、それは大事な気づきです。歪みが見えていなかった状態から、見える状態へ——一歩踏み出した、ということですから。気づけば、調整できる場所が見えてきます。
職場の空気を、視覚化する
職場の空気感を視覚化することは、職場のDXを考える上で、とても重要なことです。
なぜなら、職場の色によって、取るべきアプローチが全然違うから。
オレンジの職場には、オレンジに合った導入の仕方があります。アンバーの職場には、アンバーに合った進め方があります。グリーンを目指したいなら、まずは今の色を認め、そこから少しずつ移行していく必要があります。
色が見えれば、どこに歪みが起きやすいかも見えます。経営者の言葉が、現場でなぜ違う意味に届くのかも見えます。「使われないツール」がなぜ生まれるのかも、説明できるようになるんです。
そして、これは自分の職場だけの話ではありません。
こういう見方ができるようになると、他の部門が大事にしている、目に見えない職場のポイントも理解できるようになります。営業部はオレンジで動いている。管理部はアンバーが強い。開発はグリーンに近い。それぞれに、それぞれのリスペクトすべき空気がある。
そしてこのフレームワークは、対話の前提条件になります。「対話が大事」「心理的安全性を高めよう」とよく言われますが、お互いがどんな色の世界で動いているかが言葉にできていないと、対話そのものが噛み合いません。色のレンズがあって初めて、すれ違いが「分かり合えなさ」ではなく「色の違い」として共有できる。それが、職場で本当の対話を始めるための、最初の一歩になるのではないでしょうか。
職場へのリスペクトの建て方
DXを進める前に、まず自分の職場の色を見てみる。そして、隣の部門の色も見てみる。
それは、それぞれの職場が大切にしてきたものへの、リスペクトの建て方ではないでしょうか。
ツールを入れることが、DXのゴールではありません。ツールを通して、自分たちが何を大事にしてきたかを見直し、お互いをリスペクトし直すこと。それができたとき、DXは初めて、本当の意味で進み始めるのかもしれません。
参考文献
- フレデリック・ラルー著『ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版)
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