Future Series 第4回:AIという新しい可能性 – 人と人をつなぐ第三の存在
はじめに – 前回の振り返り
前回の記事では、ダイバーシティの光と影を見てきました。多様性は豊かさをもたらす一方で、共通言語の喪失、エコーチェンバーによる分断、異なる「正しさ」の対立、そして処理しきれない情報量の爆発をもたらす。
それぞれの意見が「正しい」。でも、一人ひとりの「正しさ」の基準が違う。人間だけでは、この複雑さを扱いきれない。
では、どうすればいいのか。
今回は、その解決の糸口として、AIという新しい可能性について考えていきます。
会議をまとめる管理職の限界
前回見たように、多様性は複雑さをもたらします。
異なる専門性、異なる価値観、異なる優先順位を持つ人々が集まる会議。誰かがそれをまとめ、方向性を決めなければなりません。
その役割を担うのが、プロジェクトリーダーや管理職です。
でも今、その人たちにも限界が近づいています。
何が変わったのか
以前は、プロジェクト会議はもっとシンプルでした。参加者も少なく、みんな似たようなバックグラウンド。
でも今は違います。
15人の会議。エンジニア、マーケティング、経営企画、サステナビリティ担当、人事、外国人メンバー…。それぞれが違う専門性、価値観、優先順位を持っている。
意見を聞き、ホワイトボードに整理する。でも、項目が増えるほど全体像が見えなくなる。会議は3時間を超え、全員が疲れ切る。
「多様な意見を、本当に公平に扱えているだろうか」 「自分の偏見が、無意識に議論を誘導していないだろうか」
なぜ限界なのか
人間の脳は、同時に7つ程度の情報しか保持できません。でも15人が異なる観点から意見を述べたら、考慮すべき要素は数十、数百に及びます。
会議が長引けば疲れ、判断が鈍ります。声の大きい人、立場の上の人の意見に、無意識に重みを置いてしまう。
そして、「評価の軸」が違う意見をどう比較するか。「技術的に実現可能」と「市場で受け入れられる」と「投資対効果が高い」—どれを優先すべきでしょうか。
これは、単なる「会議の進め方の問題」ではありません。
多様性が生む複雑さに、人間だけでは対応しきれなくなっているのです。

人間の脳は、同時に7つ程度の
情報しか保持できません
もし、15人が異なる観点から意見を述べたら、
考慮すべき要素は数十、数百に及びます
私たちは、多様性が生む複雑さに、
人間だけでは対応しきれなくなっているのです
コンピュータの進化 – 計算機から仲裁者へ
「AIに人間のコミュニケーションを任せるなんて」と思われるかもしれません。
でも、少し立ち止まって考えてみてください。コンピュータは、既に私たちのコミュニケーションの中に深く入り込んでいます。
第1段階:計算機として
かつて、コンピュータは「計算機」でした。人間の代わりに複雑な計算をする道具。これは誰もが理解しています。
第2段階:ツールとして
次に、ExcelやWordのオフィスアプリが登場しました。文書を書く、データを整理する。コンピュータは「仕事の道具」になりました。これも、ほとんどの人が受け入れています。
第3段階:コミュニケーションの媒介として
そして今、あなたはスマートフォンやパソコンを使って、誰かとやり取りをしています。
考えてみてください。私たちの会話は、すでにコンピュータを「通して」行われています。
- メッセージの送受信
- 通話やビデオ会議
- ファイルの共有
- グループでのやり取り
コンピュータは、既に人と人の「間」に入り込んでいるのです。
でも、ほとんどの人はこのことに気づいていません。あまりにも自然に、日常の一部になっているからです。
第4段階:調整役として
今回お話しするAIの役割は、その次の段階です。
コンピュータが:
- 計算する(第1段階)
- 作業を助ける(第2段階)
- 会話を媒介する(第3段階)
- 会話を整理し、共通点を見つける(第4段階)← 今ここ
「そこまで依存していいのか」という不安は、もっともです。
でも、これは「依存」ではありません。「協働」です。
スマートフォンやパソコンを使って誰かと会話しても、あなたは会話の主体です。ツールは、あなたの会話を「助けて」いるだけ。
AIも同じです。最終的な判断や価値観は、あなた自身が持ち続けます。AIは、その判断を「助ける」存在なのです。

これは「依存」ではありません。「協働」です
スマートフォンやパソコンを使って誰かと会話しても、
それはあなたの会話です
ツールは、あなたの会話を「助けて」いるだけ
AIも同じ。最終的な判断や価値観は、
あなた自身が責任を持ち続けます
AIは、その判断を「助ける」存在なのです
AIという新しい可能性
では、AIは具体的に何ができるのでしょうか?
1. 大量のデータを処理できる
人間が会議をまとめる場合、一人ずつ順番に話を聞きます。15人の意見を聞くだけで1時間以上かかる。
でもAIなら、数千人に同時にヒアリングし、瞬時に分析・解説できます。
「70%の人がこの点を重視している」「この二つの意見は実は同じことを違う言葉で言っている」「少数意見だが、重要な視点がここにある」。
人間の脳では不可能な作業を、AIは瞬時に実行できます。
2. 中立性を保てる
AIには、特定の価値観や立場への偏りがありません(適切に設計されていれば)。
疲れません。イライラしません。声の大きさや立場の上下に影響されません。すべての意見を、等しく扱えます。
3. 異なる価値観を「翻訳」できる
AIが異なる価値観の「翻訳者」として機能できることです。
エンジニアの「技術的な実現可能性」を、マーケターが理解できる「市場価値」の言葉に翻訳する。サステナビリティの「環境負荷」を、経営企画が理解できる「長期的なリスク」として表現する。
それぞれの意見の背後にある「本当に大切にしている価値」を抽出し、共通点を見つけ出す。
AIは、異なる言語を話す人々の間に立つ「通訳」のような役割を果たせるのです。
4. 透明性があれば信頼できる
そして最も重要なのが透明性です。
AIが「この結論がいいです」と言っても、なぜそう判断したのかが分からなければ、誰も信用できません。
でも、AIが「なぜその結論に至ったか」を明確に示せたら?
「70%の人がAを支持し、60%の人がBを支持しています。そして85%の人がCという共通点に賛成しています。だから、AとBの要素を含むCを軸にした解決策が考えられます」
このように、判断の根拠が見えれば、人は納得できます。そして、自分の判断材料として使えます。
透明性こそが、AIへの信頼を生むのです。
AIは「代わりに決める」のではない
ここで、とても大切なことを確認しておきます。
AIは、あなたの「代わりに決める」存在ではありません。
AIの役割は:
- 複雑な情報を整理する
- 見えなかった共通点を見つける
- 選択肢とその根拠を示す
でも、最後に決めるのは、あなた自身です。
例えば、15人の会議なら:
- AIが意見を整理し、3つの選択肢を示す
- それぞれの選択肢が、誰の意見をどう反映しているかを明確にする
- でも、「どれを選ぶか」「どう組み合わせるか」は、チームが決める
AIは、あなたが判断するための「助手」です。
一人では整理しきれない複雑さを、AIが助けてくれる。でも、あなたの価値観、あなたの責任、あなたの決断は、あなた自身のものです。
これが、人間とAIの健全な関係です。
台湾での実践 – Pluralityという考え方
この考え方—AIと人間の協働による、多様性を活かす仕組み—は、すでに実践されています。
台湾のデジタル担当大臣(当時)だったオードリー・タン氏が推進する「Plurality(プルラリティ)」です。
Pluralityとは、「Plural(複数の、多様な)」を語源とする言葉。多様性を活かす技術を意味します。
台湾での実践例
2015年、台湾でUberのサービスが始まったとき、激しい対立が起きました。タクシー業界は「規制すべき」、Uber支持者は「規制するな」。
通常なら、声の大きい方が勝つか、政府がトップダウンで決めるか、どちらかです。
でも台湾は、PolisというAIツールを使って、数千人の市民の意見を集め、AIが共通点を見つけ出しました。
結果、80%が合意できる解決策—「プロのドライバーなら、Uberでもタクシーでも働ける」—が生まれました。
対立を「勝ち負け」ではなく、「創造」に変えたのです。
詳しい仕組みは次回お話ししますが、これがPluralityの実践例です。
ここまでの流れを振り返ると
第1回で見たように、私たちの社会は今、オレンジ(成果主義)からグリーン(多様性重視)へと移行しています。
第2回では、グリーン社会の理想と、その実現の困難さを見ました。
第3回では、ダイバーシティがもたらす複雑さ—共通言語の喪失、エコーチェンバー、異なる「正しさ」の対立、情報量の爆発—を掘り下げました。
Pluralityは、まさにこの課題への答えです。
- 多様性を排除するのではなく、活かす
- 対立を「勝ち負け」ではなく、「創造」に変える
- 人間とAIが協働し、複雑さを扱う
- すべての声を聞きながら、共通点を見つける
グリーン社会が目指す「多様性の尊重」。でも、人間だけではその複雑さを扱いきれない。
Pluralityは、AIという新しい道具を使って、グリーン社会の理想を現実のものにする試みなのです。

Pluralityは、まさにこの課題への答えです
多様性を排除するのではなく、活かす
対立を「勝ち負け」ではなく、「創造」に変える
人間とAIが協働し、複雑さを扱う
すべての声を聞きながら、共通点を見つける
今日から始められること
「台湾の話は大きすぎる」と思われるかもしれません。でも、この考え方は、もっと身近な場面でも応用できます。
身近なツールで始める
すでに、身近なツールでもAIの力を使えます:
- 会議の議事録をAIが要約し、論点を整理してもらう
- アンケート結果をAIが分析し、共通点を見つけてもらう
- ブレインストーミングの結果をAIが分類・統合してもらう
そして大切なのは、AIの結果を見て「本当にそうか?」「他の見方はないか?」と、自分で考えることです。
AIは助手。最後に決めるのは、あなた自身です。
完璧なシステムでなくても、まず小さく始めることができるのです。
次回予告 – 成功事例の現場へ
今回は、AIが人と人をつなぐ「第三の存在」として機能する可能性を見てきました。
コンピュータは、計算機から始まり、ツールとなり、コミュニケーションの媒介となり、そして今、調整役としての役割を担おうとしています。
重要なのは、これは「依存」ではなく「協働」だということ。AIは透明性を持って選択肢を示し、人間が最終的に判断する。この健全な関係が、多様性を活かす鍵になります。
そして、この考え方が「Plurality(プルラリティ)」として、台湾で実践されています。
でも、実際どうやって?
次回は、台湾のvTaiwanとPolisの具体的な仕組みを詳しく見ていきます:
- Polisはどうやって数千人の意見から共通点を見つけるのか
- なぜ対立していた人々が80%も合意できたのか
- 台湾の他の成功事例(Airbnb規制など)
- 日本の「和」の文化との親和性
- あなたの職場や地域で応用するヒント
実際にうまくいった事例を、もっと詳しく見てみましょう。
参考文献・関連資料
- オードリー・タン、E・グレン・ワイル『Plurality:デジタル時代の協働的テクノロジーと民主主義』
- vTaiwan公式サイト:https://vtaiwan.tw/
- Polis:https://pol.is/
- フレデリック・ラルー著『Reinventing Organizations』(英治出版)
本記事は Future Series:これからの社会と共創の未来 の一部です。