Future Series 第3回:ダイバーシティの光と影 – 「つながり」の新たな課題

かつて、私たちには「常識」があった

10年前、20年前を振り返ってみてください。

職場には「常識」がありました。「こうするべき」「これが普通」という共通認識。みんなが同じような価値観を共有していたから、話が通じました。

特に日本では、長い間「単一民族」という意識が強く、「常識」という言葉で多くのことが語られてきました。言葉にしなくても通じる。空気を読む。みんな同じような背景を持っているという前提がありました。

また、あの頃は、「スターを目指せ」「その分野で一番になれ」という風潮がありました。第1回で見た、オレンジ組織の時代です。

でも今は違います。

「自分らしさを大切に」という価値観が広がり、多様な人材を受け入れるようになりました。女性、未経験者、外国人… 様々なバックグラウンドを持つ人たちが、同じ職場で働くようになりました。

ダイバーシティが進む中で、私たちは多種多様な人と話すことが多くなり、「常識」では通じない場面に直面するようになりました。

これは素晴らしいことです。多様性を尊重し、一人ひとりの個性を活かす。グリーン社会への移行です。

でも、結果として何が起きたでしょうか?

「常識」が崩壊したのです。

世代が違えば、育った時代背景が違う。国が違えば、文化や習慣が違う。学んだこと、経験してきたこと、大切にしている価値観…すべてが違う。

かつては「常識」だったことが、今は「あなたの常識」でしかない。「当たり前」は当たり前ではなくなった。

これが、「共通言語の喪失」です。

かつては「常識」だったことが、
今は「あなたの常識」でしかない。
「当たり前」は当たり前ではなくなった。

これが、「共通言語の喪失」です

前回の記事では、グリーン社会の理想と現実のギャップを見てきました。今回は、その背景にある「共通言語の喪失」が、なぜ起きたのかを深く掘り下げていきます。


好きなものに浸れる時代が生んだもの

振り返ってみると、私たちの暮らしは大きく変わりました。

良い変化がありました。

インターネットやSNSが普及して、私たちは自分の好きなものに簡単にアクセスできるようになりました。

  • 好きな音楽、好きな映画、好きな本。
  • 同じ趣味を持つ人たちとつながれる。
  • 同じ価値観を持つ人たちと語り合える。
  • 一人ひとりが「自分らしさ」を大切にできる時代。

これは素晴らしいことです。多様性が尊重される社会の光の部分です。

でも、それが意図せず「影」も生みました。


エコーチェンバー現象 – 気づかない分断

自分の好きなものに浸れる時間が増えると、何が起きるでしょうか?

自分と似た意見ばかり見る時間が増えます。

SNSのアルゴリズムは、私たちに「好きそうな情報」「同意しそうな意見」を優先的に届けます。結果として、私たちは自分と似た価値観の人たちに囲まれた空間の中に閉じ込められていきます。

これを「エコーチェンバー(反響室)現象」と呼びます。自分の意見が何度も反響して返ってくる部屋のように、同じような意見ばかりが耳に届く状態です。

エコーチェンバー現象は、インターネット活動家のイーライ・パリサーが2011年の著書『フィルターバブル』で指摘した概念です。SNSやネット検索のアルゴリズムが、ユーザーの好みに合わせて情報をフィルタリングすることで、自分の意見を強化する情報ばかりに囲まれる状態を生み出します。

「そうだよね」「わかる」という共感が溢れる。

気づかないうちに、「みんなそう思ってるはず」と錯覚してしまう。

でも実際は、「みんな」ではなく「似た人たち」だけの集まりなのです。

そして、現実世界(会議、職場、地域コミュニティ)で、異なる意見を持つ人に出会ったとき…

「なぜこの人は分かってくれないの?」 「こんなの常識でしょ?」

そう感じてしまいます。

気づかないうちに、「みんなそう思ってるはず」と錯覚してしまう。

でも実際は、「みんな」ではなく「似た人たち」だけの集まりなのです。

そして、現実世界(会議、職場、地域コミュニティ)で、
異なる意見を持つ人に出会ったとき…

「なぜこの人は分かってくれないの?」 「こんなの常識でしょ?」

そう感じてしまいます。

自分のエコーチェンバーの中では「みんなそう思っている」ことが、相手のエコーチェンバーでは「ありえない考え」だったりする。

お互いが「なぜ分かってくれないんだろう」と感じる。

これが、現代の分断の正体です。


インターネットが世界を近くした

エコーチェンバーによる分断は、国内だけの問題ではありません。

インターネットは、この現象をグローバル規模に拡大しました。

かつては、遠い国の人と話す必要はありませんでした。異なる文化、異なる宗教、異なる価値観を持つ人たちとは、物理的な距離が離れていたからです。

でも今は違います。SNSで、世界中の人とつながります。異なる文化・宗教・価値観を持つ人たちと、同じ場で語り合います。

今まで「語り合う必要がなかった」民族間・宗教間での衝突が、起きやすくなったのです。

世界が近くなったことは、豊かさをもたらしました。でも同時に、今まで見えなかった違いを、私たちは目の当たりにするようになりました。

そして、それぞれがエコーチェンバーの中で育てた「自分の正義」を持ったまま、世界中の人と出会うようになったのです。


「正義」の対立

エコーチェンバーの中で育った「自分の正義」を持って、私たちは現実世界で出会います。

例えば、ある会議で:

「環境を優先すべきだ」(倫理的な正義) 「売上を優先すべきだ」(経済的な正義) 「データで判断すべきだ」(論理的な正義) 「ブランド価値を守るべきだ」(戦略的な正義)

全員が、自分の「正義」を信じています。 でも、「正義の基準」が違います。

だから、正義を語り合うほど、対立が深まります。

ダイバーシティとは、それぞれの正義がある世界。

では、異なる正義を持つ人たちが、どう合意すればいいのでしょうか?

全員が、自分の「正義」を信じています。
でも、「正義の基準」が違います。

だから、正義を語り合うほど、対立が深まります。

ダイバーシティとは、
それぞれの正義がある世界

では、異なる正義を持つ人たちが、どう合意すればいいのでしょうか?


データ量の爆発的増加

さらに問題を複雑にしているのが、考慮すべき情報の量です。

かつて、何かを判断する際に考慮すべき要素は、売上、コスト、競合の動向など、限られていました。

でも今は違います。環境への影響、社会的責任、多様なステークホルダーの声、文化や価値観の違い、短期と長期のバランス、SNSでの反応…

ダイバーシティによる多様性は、処理すべき情報量を爆発的に増やしました。

人間の脳は、これを同時に処理できるようには進化していません。


ダイバーシティのパラドックス

多様性は、新しい視点やイノベーションをもたらします。一人ひとりが自分らしく生きられる豊かさを生み出します。

でも同時に、共通言語を失わせ、エコーチェンバーによる分断を生み、それぞれの正義が対立し、人間だけでは処理しきれない複雑さをもたらします。

多様性を本当に活かすには、その複雑さを扱う新しい仕組みが必要なのです。


次回予告:もし中立的な仲裁者がいたら?

ここまで見てきたように、多様性がもたらす課題は深刻です。でも、絶望する必要はありません。

実は、この複雑さを解きほぐす可能性が見えてきているのです。

もし、誰の味方でもない、感情に左右されない、膨大なデータを処理できる「中立的な存在」が仲裁者として機能したら、どうでしょうか?

次回は、AIという新しい可能性について考えていきます。

人間だけでは処理しきれない複雑さを、AIはどう助けてくれるのか。そして、AIが「翻訳者」や「ファシリテーター」として機能する未来とは?

第4回「AIという新しい可能性 – 人と人をつなぐ第三の存在」をお楽しみに。

コラム:あなた自身に問いかけてみてください

ここまで、エコーチェンバー現象や「正義」の対立について見てきました。

では、あなた自身はどうでしょうか?

少し立ち止まって、自分の日常を振り返ってみてください。

あなたには、「心地よい場所」と「居心地が悪い場所」の両方がありますか?

SNSやコミュニティで、「そうそう!」「わかる!」と共感できる空間。そこにいると安心する。それがエコーチェンバーの「中」です。

一方で、会議や職場、家族との会話で、「なぜこの人はそう考えるんだろう?」と戸惑う瞬間。意見が合わず、疲れを感じる。それがエコーチェンバーの「外」です。

どちらかに偏ってないでしょうか?


参考文献・関連資料

  • イーライ・パリサー著『フィルターバブル』(早川書房)
  • キャス・サンスティーン著『#リパブリック』(勁草書房)
  • ジョナサン・ハイト著『社会はなぜ左と右にわかれるのか』(紀伊國屋書店)

本記事は Future Series:これからの社会と共創の未来 の一部です。

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