第4回:2010年代、クラウド化の始まり – デジタルツールが変えた働き方

あなたが入社したとき、オフィスはどんな様子でしたか?

2010年代のオフィスでは、各自がノートPCを持ち歩き始めていました。

「ちょっとカフェで作業してくる」

そんな働き方が、少しずつ現れ始めた時代。Dropboxで資料を共有し、Evernoteにメモを取り、スマホで外出先からメールをチェックする。

「会社にいなくても仕事ができる」──そう実感した最初の世代が、この時代にいたのです。

でも同時に、こんな声も聞かれました。

「クラウドって、本当に安全なの?」 「在宅勤務してる人、ちゃんと働いてるの?」 「大事な会議は、やっぱり対面でしょ」

ツールは進化しました。でも、使い方はまだ昔のまま。資料はクラウドにあるのに、会議では印刷して配布。ワークフローシステムで稟議を回せるのに、「念のため紙でも」とハンコをもらう。

2010年代は、そんな「過渡期」でした。


時代背景──何が変わり始めたのか

2010年代は、働く「場所」の概念が大きく変わり始めた時代でした。

iPhone登場(2007年)から数年、スマートフォンが急速に普及しました。日本でiPhone 3Gが発売されたのは2008年7月。社用携帯がスマホに置き換わり、外出先でもメールやスケジュールを確認できるようになりました。営業マンが「会社に戻って報告」する必要もなくなり、移動中の電車で次の訪問先の資料を確認する──そんな光景が当たり前になっていきました。

クラウドサービスが一般化し始めたのもこの頃です。Dropbox(2008年)、Googleドライブ(2012年)、Box…「社内サーバーにしかないデータ」という制約から、少しずつ解放されていきました。

USBメモリを持ち歩く必要もなくなり、「最新版はどれ?」と悩むこともなくなりました。共有リンクを送るだけで、誰でもどこからでもファイルにアクセスできる──この便利さに、多くの人が驚いたものです。

そして2011年、東日本大震災が日本を襲います。

オフィスに出社できない状況下で、多くの企業が「遠隔でも業務を継続できる仕組み」の必要性を痛感しました。交通網が麻痺し、計画停電でオフィスビルのエレベーターも止まる。このとき、クラウドサービスやリモートアクセスの仕組みを持っていた企業は、比較的早く業務を再開できました。

一方、紙の資料や社内サーバーに依存していた企業は、深刻な業務停滞に直面しました。

この経験が、BCP(事業継続計画)の重要性を多くの企業に認識させました。「万が一のとき、どこからでも仕事ができる環境を」──震災後、リモートワーク制度の整備やクラウドサービスへの移行を進める企業が増加しました。

変化の必要性を、社会全体が実感した瞬間でした。

2011年、東日本大震災が日本を襲います。
交通網が麻痺し、計画停電でオフィスビルのエレベーターも止まる中、
クラウドサービスやリモートアクセスの仕組みを持っていた企業は
比較的早く業務を再開できました。
一方、紙の資料や社内サーバーに依存していた企業は、
深刻な業務停滞に直面しました。
この経験が、BCP(事業継続計画)の重要性を多くの企業に認識させ、
リモートワーク制度の整備やクラウドサービスへの移行を加速させました。


ツール──クラウドとモバイルの時代

どこからでもファイルにアクセスできる革命

2000年代まで、会社のデータは社内サーバーにありました。外出先で必要な資料があれば、会社に電話して「○○フォルダの××ファイル、メールで送ってもらえる?」──そんなやりとりが日常でした。

重要なプレゼン資料は、USBメモリに入れて持ち歩く。でも、USBを忘れたり、紛失したり、「昨日更新したファイル、入れ忘れた!」なんてこともしょっちゅうでした。

2010年代、Dropboxの登場で状況は一変します。

外出先でもスマホやノートPCからアクセス可能。ファイルの同期が自動で行われる。共有リンクを送るだけで、誰でも閲覧・編集できる。

「USBメモリ持ち歩かなくていい」「最新版がどれかで悩まない」──こうした便利さに、多くの人が驚きました。特に営業職や出張の多い職種では、革命的な変化でした。

2010年代、Dropboxの登場で状況は一変します。
外出先でもスマホやノートPCからアクセス可能。ファイルは自動同期され、
共有リンクを送るだけで誰でも閲覧・編集できる。
「USBメモリ持ち歩かなくていい」「最新版がどれかで悩まない」
──特に営業職や出張の多い職種では、革命的な変化でした。

Evernote(2008年)も、多くのビジネスパーソンに愛用されました。会議のメモ、名刺のスキャン、Webページのクリップ…「すべてを記憶する」がコンセプト。情報を一箇所に集めて、どこからでもアクセスできる便利さに、多くの人が驚きました。

企業のITインフラも大きく変わりました。それまでは自社でサーバーを持ち、社内ネットワークで運用するのが当たり前でした。しかし、Amazon Web Services(AWS)をはじめとするクラウドサービスが登場し、企業は徐々に「サーバーを持たない」選択をするようになります。

社内システムをクラウドで使う企業が増え、Office 365(現Microsoft 365)、Salesforce…多くの企業が、自前のシステムからクラウドサービスへと移行していきました。


「メール疲れ」からの解放──チャットツールの台頭

2000年代、メールのCC地獄に悩まされていた企業に、新しい選択肢が現れました。

2010年代前半、企業ではSkype(2003年登場)やMicrosoft Lync(後のSkype for Business)といったツールが導入され始めました。音声通話、ビデオ会議、インスタントメッセージを一つのツールで使える「ユニファイドコミュニケーション」という概念が広がり始めた時期です。

そして2010年代半ば以降、Slack(2013年)、ChatWork(2011年)、LINE WORKSなどのクラウドチャットツールが登場し、メールとは全く違うコミュニケーションスタイルをもたらしました。

「お世話になっております」不要の気軽さ。スタンプやリアクションで即座に反応できる。チャンネルごとに話題を整理できる。過去ログの検索も簡単。

「これ、メールで送るほどじゃないけど…」──そんな小さな連絡も、気軽にできるようになりました。

グループチャットで情報が透明化され、「知らなかった」が減り、チームの一体感も生まれました。若手社員が先輩に気軽に質問できるようになり、部署を超えたコミュニケーションも活発化しました。

一方で、「常につながっている感覚」による疲労感を訴える人も出始めました。夜中でも週末でも、スマホに通知が来る。「既読」がつくと、すぐに返信しなければならない空気。この「即レス文化」が、新たなストレスを生んでいきます。


24時間働ける、24時間働かされる

2010年代前半、多くの企業が社用スマホを導入し始めました。ガラケー時代とは違い、スマホではメールもスケジュールもほぼPCと同じように扱えます。

移動中の電車でメールチェック。客先訪問の直前にスケジュール確認。帰宅後、ソファでSlackの通知に返信──。

「24時間働ける」とも言えますし、「24時間働かされている」とも言えます。

この時代から、ワークライフバランスという言葉が重要視され始めました。便利になった分、「いつ仕事を終えるか」の線引きが曖昧になったのです。

政府も2016年に「働き方改革」を打ち出し、長時間労働の是正が社会的テーマになりました。プレミアムフライデー(2017年)は失敗に終わりましたが、「早く帰ることは悪いことじゃない」──そんな空気が、少しずつ生まれ始めた時代でもあります。


プロセス──ツールは入ったが、やり方は変わらない

便利になったはずなのに、何かがおかしい。

クラウドで資料共有できるようになったのに、会議では印刷して配布。ワークフローシステムで稟議を回せるのに、「念のため紙でも」と印刷してハンコをもらう。Skypeで会議ができるのに、「重要な話は対面で」と出張を組む。

2010年代は、こんな「ハイブリッド」な職場が当たり前でした。

なぜこうなったのか。

それは、新しいツールへの「信頼」がまだ育っていなかったからです。

「クラウドって、本当に安全なの?」「画面越しの会議で、ちゃんと伝わるの?」「在宅勤務の勤怠、どうやって管理するの?」

そんな不安から、古いやり方を手放せない。結果として、新旧のプロセスが併存する非効率な状態が続きました。

在宅勤務制度を導入する企業も出てきましたが、実際に利用する人はごくわずか。稟議書の承認、書類の押印、郵便物の確認…「やっぱり出社しないと」という場面が多く、制度はあっても「絵に描いた餅」でした。

勤怠管理も変わり始めました。タイムカード、ICカード打刻、そしてクラウド勤怠システムへ。でも、「在宅勤務の人、ちゃんと働いてるの?」という疑念は拭えず、多くの企業で在宅勤務制度は「絵に描いた餅」でした。


(職場)文化──「働き方」が問われ始めた時代

働き方改革という言葉が生まれた

2016年、政府が「働き方改革」を打ち出しました。長時間労働の是正、同一労働同一賃金、柔軟な働き方の実現…「働き方」そのものが、社会的なテーマになったのです。

プレミアムフライデーは失敗に終わりましたが、「早く帰ることは悪いことじゃない」──そんな空気が、少しずつ生まれ始めました。


副業解禁の流れ

2018年、政府が副業・兼業を推進する方針を打ち出しました。「会社 = 一生」という価値観から、「個人のキャリアは自分で築く」という意識への転換です。

実際に副業を始めた人は少数でしたが、「会社だけに依存しない生き方」を考える人が増えたのは事実です。終身雇用という前提が揺らぎ、個人が自分のスキルやキャリアを考える時代が始まりました。


評価制度の揺らぎ

クラウドとモバイルで「どこでも働ける」ようになると、新しい問題が浮上しました。「会社にいる時間」で評価できなくなったのです。

「成果主義」という言葉は以前からありましたが、多くの企業では、実態は「勤務時間」と「上司の印象」で評価されていました。リモートワークをする人には、「本当に働いてるの?」という疑いの目。「顔が見えない=信頼できない」──そんな空気が、まだ強く残っていました。


世代間ギャップの顕在化

この時代、デジタルネイティブ世代が入社してきました。彼らにとって、スマホもクラウドも「当たり前」。

「なんでメールなの? LINEでよくない?」「Excelで管理? Googleスプレッドシートでいいじゃん」「なんで会議に印刷資料が必要なの?」

こうした素朴な疑問が、既存のやり方を見直すきっかけにもなりました。

一方で、ベテラン世代は戸惑います。「軽すぎるのでは?」「大事なことは、ちゃんと会って話すべきだ」

ツールが進化しても、世代によって「正しいやり方」の感覚が違う──その溝が、最も顕在化した時代でもありました。


振り返って見えること

2010年代を一言で表すなら、「ツールは進化したが、職場文化は変化が追いつかなかった時代」でしょう。

クラウドもモバイルもチャットツールも入りました。技術的には「どこでも働ける」環境が整いました。でも、「会社にいることが仕事」という価値観は、まだ強く残っていました。

在宅勤務制度はあるのに、誰も使わない。Slackは導入したけど、結局メールも併用。スマホでメール見られるから、夜中も対応──。

なぜこうなったのか。

それは、ツールだけ入れても、組織の文化や評価制度、マネジメントの考え方が変わらなかったからです。

「顔が見えないと信頼できない」「会社にいる時間で評価する」「重要なことは対面で」──こうした価値観が、新しいツールの活用を妨げていました。

でも、この過渡期があったからこそ、2020年代の急激な変化にも対応できたのかもしれません。

「顔が見えないと信頼できない」「会社にいる時間で評価する」「重要なことは対面で」──こうした価値観が、新しいツールの活用を妨げていました。

でも、この過渡期があったからこそ、
2020年代の急激な変化にも対応できたのかもしれません。

ベテラン世代の方は、「USBメモリ持ち歩いていたな…」「最新版がどれか、よく分からなくなってた」と懐かしく思い出すでしょう。今振り返ると、あの頃はツールの便利さと、古い働き方の間で揺れ動いていた時代でした。

現役でDXを推進されている方は、2010年代の教訓に注目してください。Slack導入で「脱メール」を目指した企業の多くが、結局メールも併用する状態に戻りました。なぜか。上司がSlackを見ない。取引先がメールしか使わない。「重要な連絡はメールで」という空気が残っている。

ツールだけ入れても、文化が変わらなければ定着しない──2010年代は、その教訓に満ちた時代でした。

そして、この教訓を活かせたかどうかが、2020年のコロナ禍での明暗を分けたのです。


次回予告

次回は2020年代──リモート前提の働き方へ

2020年、新型コロナウイルスが世界を襲いました。「明日から全員在宅勤務」──そんな指示が、突然出された企業も少なくありません。

2010年代にゆっくり進んでいた変化が、一気に加速した時代。Zoomで会議、Teamsでチャット、電子署名で契約完結…

「オフィスに行かなくても、仕事は回る」──そのことを、社会全体が実感した時代を振り返ります。

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